油汚染海鳥の救護法について

The Resucue Report
油汚染海鳥の救護法について

中津動物病院 中津 賞

はじめに
1997年の年頭に起こったナホトカ号による重油汚染災害は莫大な被害を沿岸の各県にもたらした。自然環境の破壊も甚大で、ボランティアの人海作戦でようやく海岸線は元の姿を取り戻しつつあるかに見える。しかし、人が入りにくい断崖沿いは全く手つかずの状態で残っている。 その中でも海鳥の被害はかなりの数に上った。
野生動物救護獣医師協会(WRV)はいち早く救護活動を開始し、1月10日には福井県の柴田動物病院に基幹治療センターを設け、救護活動のすべてにわたって近県獣医師に技術指導を行った。石川県では石川県野鳥園に基幹治療センターを設置。県職員・開業獣医師・ボランティア一体となった必死の活動が展開された。また、米国から油汚染の鳥の専門家Scott Newman獣医師を招聘して、さらに詳細な技術指導がなされた。本論文はボランティア活動を通じて得られた知見、および多数の獣医師の方々から寄せられた貴重な情報に基づいて書かれたものである。
基幹治療センターに到着してから放鳥先の受け入れセンターへ搬出するまでを詳述した。
被害海鳥の捕獲、輸送、放鳥直前の看護、検査などについては他の文献を参照されたい。(文献1、2)
WRVでは東京に野生動物救護センターを設立し、必要資材を備蓄しておいて、一旦、事故が発生したなら、直ちに専任の専門獣医師を派遣して初期処置の指導にあたるようにしておくのが現時点では最良ではないかと考えている。また各県に行政・開業獣医師・ボランティアが一体となった救護組織を確立しておくことも迅速な対応上極めて大切なことである。本論文が各地方の基幹治療センターの参考となることを願っている。実際に使われた薬物・資材は商品名で記載し、平易な表現に努めた。

被害海鳥の受け入れ(文献3)
救護センターに到着した海鳥(写真1)は
1 カルテにID番号を入れる。同じID番号のプラスチック製の脚環をその鳥の脚につける(写真2)。 タイムテープ は水濡れにも強く使い良い。(緊急時の脚環のかわりに使用)
2 写真を撮る(使い捨てカメラが最適)。
3 油の付いた胸の羽毛の2~3枚をサンプルとして採取して、アルミホイルに包んでID番号を付けて保存。(付着したオイルの証拠物件の採集)、保護場所・時間・状況の聞き取り調査
4 体重の測定。 箱に入れるか、タオルに包んで。(写真3)
5 一般身体検査。 眼・耳・口の中・皮膚・羽根・外傷および骨折の有無・栄養状態
6 体温測定。
7 口・眼・鼻・総排泄孔の周囲に付着したオイルを取り除く。
8 血液検査。 脚か翼下の静脈からマイジェクター(27G・1/2)で採血。(写真4)、または25Gの針だけでハブに貯まる血液(図3、写真4-2)からヘパリン処理Ht管3本に採血。5分以上圧迫止血 最低でも、PCV,TP, B.SUGER を測定。できれば生化学検査も実施する。
生化学検査は、
PCV    30%以上
TP    3~5g/dl 
BS    180mg/dl以上
になるよう治療を開始する。




処置と治療
1 直ちに補液・解毒の目的で活性炭液を与える。
a.活性炭の水溶性製剤(TOXIBAN 活性炭52mg/ml)(写真22)をソリタ1号で5倍に希釈(1:4)して、 18ml/kgをチューブでソノウ内に強制投与する。ウミスズメで3ml,ウトウで5ml、オオハムで10ml。
b.上記の代わりに、クレメジン1cap/kgを5%ブドウ糖または2倍希釈のリンゲル 液10~40mlとともに経口投与する。クレメジンは多すぎても問題ない。
血便が油の嚥下によって起こるので常に便の色に注意、飢餓やストレスでもタール便になる。
2 室温34℃の室内に収容して、安静と保温に努める。
3 低体温を示す鳥にはエリザベスカラーを装着してそれ以上のオイルの摂取を防ぐ。 皮下注射、筋肉注射、静脈注射で脱水状態の改善および強制給餌に努める。
血糖値が120mg/dl以下の低血糖を示す場合は5%ブドウ糖液を静注、低蛋白血症の場合は経腸栄養剤(ニュートリカル )の経口投与またはアミノ酸液を静注。
経口補液剤としては1/2希釈のソリタ1号を用い。補液量は10~20ml/kg。
容体の把握は体温と胸筋の削痩の程度で推測。体重減少の激しいものは回復が容易でない。


写真22 水溶性活性炭液TOXIBAN、クレメジンでも十分代用できる。

強制給餌法
淡水カモ類(マガモ・オシドリ・カルガモ・オナガガモ・ヨシガモ)およびガンの仲間は主に植物質の餌をとる。 海カモ類(キクロハジロ・クロガモ・ホシハジロ)は水底の貝や動物質のものも食べるが、水草や魚も食べる。 魚食性のウミスズメ、カイツブリ、オオハム、ウトウ・アイサなどは次ぎのものがよい。 捕獲された鳥を確実に同定し、食性を合わせることが肝要である。
魚食性海鳥の場合
1.ワカサギが最初の給餌食としては最適で、冷凍物が季節を問わず手に入る。
ハタハタでは脂分が多すぎることに留意、ただし、カロリー調整には便利で強制給餌に慣れた鳥からハタハタを混ぜて与えカロリー不足に陥らないようにする。
オオハムなど大型の鳥類 →そのままを、魚の頭のほうから、口内深く挿入する。
ウミスズメ ウトウ →細く短冊状に切ってあたえる
ワカサギより大きめの魚を与えるときはその背鰭と尾鰭を取り除いておく。これは嘔吐時の消化管の外傷を防止できる。この際には強制給水も必要。
チューブで与えるほうがたくさんの鳥が収容されているときは数をこなせる。
餌の処理法
ワカサギをミキサーまたはフードプロセッサーで細粉し、さらにすり鉢で十分にすって液状にする。
ソリタ1号を水で2倍に希釈したものを同量加えて流動化する。
これを茶漉(細かいメッシュ)でこす。(写真5)
与え方
◆ 20mlの注射筒に吸い上げて、ネラトンカテーテルを10cm食道内に挿入して静かに押 し出す。 温湯に浸けて、温かくしてから与える。(写真6)
◆ 体重の10%の量を3時間毎に1日3~4回与える。生活周期に合わせて夜間は 給餌しないほうがよい。
◆ ウミスズメでは初回量としては十分、これを1日4回。急にソノウが膨れることに慣れてくるとウミスズメでも一回量として30ml与えられる。(写真7)
◆ 注射筒とカテーテルは糸でかならず縛っておく。浣腸用注射筒が内径が大きく詰まりにくい。
◆ 保定者と給餌者はよく打ち合わせをしておいて、万一給餌中にこの餌が逆流した時、 直ちに、手を離して鳥を自由にしてやると誤嚥を防げる。
ワカサギ単味の強制給餌を受け付けて吐き戻さない個体には後述のワカサギと混合した餌に切り替えて高カロリーのものをあたえる。ワカサギ単味では体重の増加はみられず減少することもある。容体の良いものでは最初から高カロリー食を与える。(文献4)
◆ 200gのウミスズメで40kcal/day以上必要。
2.a/d缶(Hill’s) を5%ブドウ糖または2倍希釈のリンゲル液で溶いて与えてよい。ワカサギが手に入るまでのつなぎとして便利。一度茶こしでこしたものを与えるとチューブをスムースに通る。第一選択の食餌ではない。
3.嘔吐するときは5%ブドウ糖液をさらに2倍に希釈して与える。

ハタハタ切り身 200g
ワカサギ切り身 200g
ソリタT1号   70ml
5%ぶどう糖   70ml     ミキサーで充分に流動化し、さらに茶こしで濾過
水       140ml
ポポンS     0.5 ml
ビオフェルミン   適量
 
表1 ウミスズメ10羽当たりの流動食作成法(2回投与分
切り身とは頭・ヒレ・内蔵・尾・骨を除いてぶつ切りにした物で、
アジ・イワシならば3枚におろして。
20~30ml/羽 tube‐feeding,一日4回(9:30、12:00、15:30、18:30)
冷蔵保存したものは必ず体温近くまで温めてから与える。

  kcal 水分 蛋白 脂肪 糖質 灰分
イワシ 134 71.6 21.6 4.6 0.3 1.9
ハタハタ 113 78.6 14.1 5.7 0 1.4
アジ 144 72.8 18.7 6.9 0.1 1.5
ワカサギ 100 76.8 17.1 2.9 0.2 3.0
タラ(生) 70 82.7 15.7 0.4 0 1.2
タラ(干) 267 34.0 59.9 1.5 0 4.6
表2  給餌魚の成分表(100gあたり) 1995年 女子栄養大学出版
タラの干した物は北海道の救護センターで使われた。

  体重 魚丸ごと 一日の給餌回数 一回の液体投与量
500 g以下 10~35g   6~7 5~15ml
0.4~1.6 kg 25~100   5~6 20~50
1.4~3.0 60~180   4~5 40~60
3.0~5.0 180~369   100~200
表3 水鳥における推奨されている強制給餌量(文献5) 
一日の総投与量は体重の25~30%に相当する量を与える。
この他に水だけをさらに3回強制投与する。

雑食性の鳥の場合
ニワトリ用の中雛配合飼料、野菜、果実、パンを細かく切って与える。水に浮かせて与えると食欲を示すことが多い。ミルワームなども手に入れば与える。
4.雑食性の鳥の強制給餌にはメジロ・ウグイス用の五分のすり餌が市販されているので温湯で溶いてチューブで与える。ニュートリカル を10%程度混和するとなお良い。
5.毎日必ず体重測定して、一日の強制給餌適量を算定する。
植物食の鳥用の食餌の調合
鶏用の配合飼料と青菜(コマツナ・ハクサイ・シロナ・キャベツ・レタス)を数ミリ角にミジ ン切りにしたものを水に浮かべて与える。水にはポポンS を少量混ぜておく。
雑食性の鳥用の食餌の調合
上記のものにさらにワカサギ、オキアミ、キビナゴ、ドジョウなどを混入する。
いかなる食性を有するかは持ち込まれた鳥の同定によるから、普段から同定に関する知識を集積しておくことが肝要である。
重油を摂取することによって出血性腸炎を起こすので、腸内細菌叢の再構築のために活性生菌製剤(ヤクルトミルミル・ヨーグルト・ビオフェルミン・ミヤリサン)を少量投与することが望ましい。

洗浄
1 体温が正常(41~42℃)であること。
2 PCVが30~50%、血糖値が180mg/dl以上、
3 TP3~6g/dl,外観上正常である。
以上のことが確認された個体から洗浄を開始する。あらかじめ4時間以内に強制給餌をしておくこと。洗浄の優先順位は
A 文化財保護法及び種の保存法に指定されている種が収容された時は最優先で救命処置を全力で 行い可能な限りの手段を尽くす。また獣医学的並びに生物学的情報も最大限の収集に努める。
B 24時間洋上生活しているもの(ウミスズメ・ウトウ・カイツブリ等)を第一優先とし、
C チドリ類・カモメ類など陸にあがることが生活の一部である鳥の脚は丈夫にできているので優 先順位は低い。
オイルの種類を問わず、いずれにしても明らかな毒性があり、発癌性がある。したがって鳥の世話をする人、洗浄を行う人はレインコート等の防水製の上・下衣、作業用のゴーグル・活性炭入りのマスク、ゴム手袋(できれば手術用のものが最適)の着用は必須である。

洗浄手順
1.40~42℃のやや熱めのお湯と鳥の肩が浸かる深さで片側の翼を広げて入る直径のタライをいくつか用意。井戸水で硬水のときは熱帯魚用の軟水化剤を加えて泡立ちをよくする。
硬度2~3が良い。テトラ社製のテトラテストGH (写真23)で測定し、硬度を調整する。
2.鳥にくちばしでつつかれないように綿棒を2~3本くわえさせて輪ゴムで固定。嘴の先は
ガムテープで巻いておく。 ウミウ等では鼻で呼吸いにくいので、こうしておくことによって呼吸を確保すると共に、熱射病の予防にもなる。眼にはエコリシン点眼液 を点眼する。
3.台所用中性洗剤DAWN (写真25)・JOY を1羽あたりウミスズメで1~2本必要、オオハムではさらに大量が要る。廃液の処理を確実にし、環境汚染にも配慮が必要。
4.1%の洗剤液(湯10Lに100mlの洗剤)に鳥を浸し、指先と掌で水流を起こして、それぞれの羽毛の間に洗剤を送り込むように優しく、根気よく胸下からわき、脚、尾、翼、背と洗って行く。(写真8)
羽毛の基本構造を壊さないように細心の注意が必要。特にべったりと油のついている所はこすらずに油が洗剤になじむのを待って時間をかけて行う。ぬるくなったら次ぎのタライへうつす。何度もこれを繰り返す。(写真9)Citrus Science (馬用)も細かい泡が立って使いよいが、洗う人の手に皮膚炎を起こすかもしれない。(写真24)
5.ウミスズメのような小型の鳥では二人が必要、オオハム以上の大型の鳥では三人が必要。
6. クチバシから眼までは歯ブラシで軽くたたくように洗ってもよい。(写真10)
7.特に油の洗い残しの起こりやすい場所は、嘴と皮膚の移行部、下眼瞼の皺襞、内股部、 ミズカキの表・裏、翼の風切り羽根の羽軸付近。
8.洗浄中に泡や湯が鼻孔や口に入りそうになったら、強く息を吹きかけて吹き飛ばす。
9.特に油がべっとり付いているところには洗浄剤の原液をつけて、丹念に水流を送って洗う。
10.油が落ちたかどうかは白いティッシュペーパーで軽く拭ってみると、褐色になる間はまだ残っていることを示している。(写真11)
11.腹部・脚は鳥を立たせて洗うと作業がしやすい。仰向けにすると苦しがるので短時間にすませる。(写真12) 
洗剤の除去 (水洗)
1.先ず、いままで作業をしていた人(保定の人も含む)の手指にはかなりの洗剤が染み込んでいるので、温水で泡がたたなくなるまで洗い落とす。
2.前掛け・シンクに飛び散った洗剤も丹念に洗い落とす。
3.41℃の温湯のシャワーを強い目に出して、まず嘴を下に向けて頭の上から洗浄を開始する。 これは嘴が輪ゴムとガムテープで固定してあるので、誤嚥を防ぐため。
もし、ウミスズメのように嘴を固定しなくてもよい場合には嘴を上向きにして水をかけてもよい。
4.頭から順次下方へ丹念に指頭で軽くたたいて、湯を羽毛の間に送りこむように洗浄する。
5.腹部・脚は仰向けにして洗う。この姿勢を嫌うので短時間とし、立たせても良い。腹部のみ総排泄孔から胸に向かうような水流で洗浄。ダウンに湯を含ませる様にゆっくりシャワーする。 表面の羽毛の 水流方向はいつも頭側から尾側へと流す。(写真13)
6.水滴が羽毛の間に染み込むように入って行く間はまだ洗剤が残っている。
鳥の羽毛自体は溌水性を持っているので充分に洗剤が除去され、重油の成分も取り除かれていれば、水滴となって羽毛の表面をすべって落ちる。(写真14)
洗浄後検査
1.第三者(洗剤が全く手に付いていない人)が目視によって、詳細に油分が残っていないか丹念に検査する。(写真15)
2.懸念される場所は白いティッシュ拭ってみると茶色になるので再洗浄が必要となる。
ふき取りと乾燥
1.台所用のペーパータオルで包んで押さえるように水を吸い取る。さらに何度かタオルを交換し、決してこすらない。(写真16)
2.後述のダンボール箱で木綿のメッシュ上に収容して、室温24℃前後の部屋に置く。下の送風口からドライヤーで温風を送って乾かす。(写真17) 通常2~3時間かかる。この間火傷を しないよう温度計で確認すること。また熱射病にも留意すること。箱の上部にタオルなどか けてストレスを少なくするため暗くし、温度調整(35~40℃)のための開放のみとする。 鳥自身も羽繕いを始め、尾腺からの脂をしきりに全身につけ始める。もし、洗剤や重油がど こかに残っているときは羽繕いによって全身に再度拡げられることになる。乾燥後はケージ 内が 22~24℃に維持されているか温度計で確認し、記録すること。加温が必要な時は 40~60Wの発熱電球(ヒヨコ電球)を接触しない高さで、上から吊るしてやる。
自分の糞尿で羽毛が汚れることも防水性を著しく損なうのでメッシュが汚れたらすぐにとりかえること。
溌水性の検査
1.充分に乾燥したなら、霧吹きで水を噴霧する。溌水性の回復が見られる時(重油も洗剤も完全に除去されている時)には水滴を形成して、羽毛の表面を水玉となって流れ落ちる。また、いつまでも水滴のままで表面に留まっている。洗浄1時間後に強制給餌を行う。
2.重油分や洗剤の洗い落としが不充分のときは水滴は羽毛間に染み込んで、べっとり濡れた感じになる。
3.洗浄不完全では放鳥できないので、翌日再度全くおなじ手順で洗浄する。洗浄自体が激しい ストレスなので最初の洗浄で完全な仕事ができるように時間がかかっても努力する。 脚に残っていたときは胸付近にも付着している、また羽づくろいによって全身に拡がっていると考えるべきである。

写真23 洗浄に使用する水の高度調整剤
テトラ・テストGH

 

写真24 馬用の洗剤Citrus Scienceも使用されたが、人の手に皮膚炎を起こすかもしれない 写真25 もっとも洗浄に適しているといわれている台所用洗剤DOWN、日本製ではJOYがこれに近い。

リハビリテーション
1. タライに水を張り、鳥を浮かばせて実際に溌水性のテストをする。水温21~24℃の浴槽(直径150cm,水深60cm以上)で毎日最短20分以上水浴させることは脚や羽毛及び全身の健康管理上極めて望ましい。溌水性の回復が著しい個体についてはできるだけ長く遊泳させて放鳥に備える。(写真18)
またこうすることで羽繕いを促し、尾腺液の羽毛への拡散を助ける。またリハビリ効果も期待できる。筋肉の萎縮も防げる。遊泳中に鳥の動きを観察して治療を必要とする疾患の有無 を確認する。
群れで生活するウミスズメのような小型のものでは何羽か一緒に泳がせると羽繕いが促される。このときの水は出しっ放しにしてあふれさせておき、餌の油分が鳥に付かないようにする。また餌をあたえる人の手指の油分も大敵で必ず手袋をはめておくこと。
2.プールは絶対必要で、洗浄・乾燥の終わったウミスズメ・カイツブリ等はプールに収容して浮き具合を観察して溌水性のチェックをし、放鳥に備える。(写真19)この時の餌はワ カサギのような脂の少ないものが良く、自分で食べるように仕向ける。このときも水は出しっ 放しがよい。温水である必要もないし、海水でなくともよい。ウミウ等のように陸に上がる 事を好む鳥では、水から上がれる場所を作る。水浴させようと思って水に入れてもすぐに上がりたがる時は溌水性に問題があって体温が低下するためと考えられ、再洗浄が必要かもしれない。
3.良好な溌水性があるにもかかわらず水から上がりたがる時は、やや水温を上げて泳がせると 長く遊泳することがある。プールの上部には覆いをして、水温の保持に努める。

救護室とその設備
救護室の温度は18~24℃に保つ。42℃の給湯設備。水の硬度は2~3に調整する。
換気は理想的には一日に7~8回必要。収容ケージはダンボール箱でも充分であるが、木綿のメッ シュ(カーテン用のレース生地に適当なものが見つかるかも知れない)が必要で、ナイロンでは硬 すぎて脚を傷つけるので避けた方がよい。 鳥の脚は落ちないが、その糞尿は落下する大きさの網 目が理想。 自動加湿器があれば便利で、乾燥し過ぎないように留意し、霧吹きで2時間ごとに収容ケージ内に噴霧しても良い。

病理解剖
死亡例については病理解剖し、死因を確認しておく。アスペルギルスが換気不充分、ストレス、過密などで発生する。(写真24)

リリースの条件(文献3)
1 鳥の体重が正常の90%以上あること。(ウミスズメで体重180g以上)
2 PCVが30%以上であること。
3 TPが3~6g/dlを示すこと。
4 羽毛の溌水性が充分であり、自分で餌をたべ、正常な日常行動がとれること(潜水できる、羽繕い等)。体温も39.5℃以上あること。  
5 なお、リリースの際にはアルミ製の所定の脚環をつけて、その後の追跡調査を可能にしておく。搬出直前に給餌し、一羽毎に区画した輸送箱に収容。

収容ケージの作り方
24時間洋上生活をする海鳥のミズカキは自身の体重を長時間支えるとすぐ擦りむけてしまう。したがって、収容する際の床材が問題でクッション性に優れ、糞も下に落下するような粗いネット状のものがよい。
ウミスズメ位の小型の海鳥用(写真25)
50×45cmの枠をφ20mmの塩ビ管で作り、これにマットの下敷きのフロアーネット (塩化ビニール製、耐熱温度60℃、90×45、勝星産業KK)を2重に荷造り紐で固定する。 これをダンボールの下から1/3の所の固定。四隅にダンボールを折り畳んでガムテープで固定し、これに枠を乗せるとうまく行く。さらに最下部に5×10cmの小孔を開けて、ドライヤーからの温風取り入れ口とする。また、床材としてカーテン用の木綿製のレース生 地に良いものがある。
枠に金網を張ったものを上ぶたとして用い、中央から60ワットのヒヨコ電球を吊り下げて保温 しておく。温度計を鳥の高さの取り付けて30℃を上回らないように時々確認すること。室温と の兼ね合いもあるので発熱電球の高さも勘案すること。 ウミスズメの場合は飛び立つには滑 走が必要なのでダンボールに入れるだけでOK、上にはタオルを上からかけておく。タオル の開閉でも温度調整できる。
オオハム等の大型の海鳥用
100cm四方の枠に、50%遮光の寒冷紗もしくはレースのカーテン生地を強く張り付ける。体重も1kgを越えるものもあるので中央にクロスするように補強に荷造り用の紐を通しておく。これをダンボールの枠の2/3位に固定し、下に送気孔を設ける。上には タオルを。 新聞紙一枚を丸くボール状にして、この紙ボールを底の隙間なく敷き詰める。 その上にポリマー入りの紙おむつ(メディパ・フラット )を置くやり方もある。常時清潔 な状態を保つこと。
通常の管理として、ヒヨコ電球やドライヤーを使っている部屋は乾燥しやすいので、1時間毎くらいに霧吹きでケージ内に噴霧して、湿度を高く維持しておく。
ウミスズメの脚は特に虚弱なので毎日点検し、傷や関節の硬直・腫れがあれば、こまめに抗生物質入りのクリームで優しく擦り込んだり、霧吹きして湿度を与え、ヒルドイド をつけてマッサージして関節の可動性を大きくしておく。できる事なら水浴が最良の治療である。
鳥類に使用できる外用薬は水溶性基材の薬物(クリーム製剤)に限り、ワセリン基材のもの(軟膏)は 羽根の基本構造を台なしにするので禁忌である。

収容されたために発生する二次的疾病
外傷 ミズカキの趾瘤症と硬直化及び浮腫、→ミズカキに噴霧して湿度を与え、マッサージ。 
カロリー不足、低体温による消化吸収不全→保温、アルフェート 等の粘膜保護剤。
ストレス 糜爛・潰瘍形成による消化吸収不全→静かで、暖かく、薄暗い環境。
感染症 アスペルギルス感染症(写真24)、肺炎→過密を避け、換気に留意、抗生物質の投与。
竜骨突起付近の蓐瘡 床材との接触による圧迫壊死。
繁殖障害 繁殖時期を逃す。日照時間の不規則。
これらのほとんどは一刻も早くプールで遊泳させることで発生を防げる。感染症にはそれぞれ
ケトコナゾール(10mg/kg・bid・po)、バイトリル(5mg/kg・sid・im)を予防・治療に用いる。

謝辞
海鳥救護に献身的な努力を傾注された石川県野鳥園の職員の方々また、此処で直接ご指導戴いた富山市ファミリーパークの獣医師・戸田昭博氏に深甚なる敬意と謝意を表します。
いしかわ動物園飼育第一課長・獣医師・桐原 陽子氏、WRV理事獣医師 野村 治氏の両先生には懇切丁寧なご指導と原稿の校閲を賜りました。また貴重な写真・スライドの提供を受けました、あわせて厚く御礼申し上げます。また石川県獣医師会開業部会の先生方には滞在期間中色々ご指導戴きましてありがとうございました。大阪府緑の環境整備室自然環境係より貴重な参考文献を戴きました厚く御礼申し上げます。ボランティア仲間の枚方市樟葉の馬渕小動物病院・獣医師 馬渕義延氏には多くの情報・データーの集積にご協力いただきました。ここに深謝いたします。

参考文献
1)野鳥の油汚染救助マニュアル、(財)日本鳥類保護連盟・野生動物救護獣医師協会1997. 
2)野鳥の医学、J.E.クーパー、J.T.エリー、自然誌選書。
3)シンポジューム「ナホトカ号油流出事故による汚染鳥類の救護から放鳥まで」における獣医師 野村 治氏講演“油汚染鳥類の獣医学”の講演録、Tokyo,Feb 15.1997. 
4) 財団法人 いしかわ動物園 飼育第一課長 桐原 陽子獣医師からの私信。
5)金澤賢二:レース鳩の臨床(5),Joural of Modern Veterinary Medicine,Vol.6,No28,13~18p,1997.
6)E.W.Burr(ed),平井克哉監修、愛玩鳥の医学、p25,学窓社。 
7)Williams,A.(ed):Saving Oild Sea Birds :Handbook of the Care and Management of Oild Waterfowl.Texel,The Netherlands :IBRRC and America Petroleum Institute,1978

獣医師・獣医学博士 中津 賞
WRV大阪支部長 WRV正会員M-0088

この文献はMVM Vol.6 No.30 1997 ⑭ファームプレスに収録されたものに加筆修正を加えたものです。

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