イヌ・ネコにおける飼料を介しての海綿状脳症の感染について

本疾患はプリオン病と言われ、感染性を有するプリオン蛋白質を経口的に摂取するか、移植などを通じて体内に取り込まれると脳内で異常プリオンが蓄積して神経細胞に空胞変性を招き、神経症状を発現する。経口摂取の例はヒツジのプリオン病であるスクレイピー病に感染しているヒツジの内臓、骨製品をを離乳期の子牛の蛋白源として給与する事によって牛に広く牛海綿状脳症(BSE/Bovine Spongiform Encephalopathy、狂牛病/MAD/Mad Cow Disease)が伝播した事はあまりにも広く知られている。1986年頃より発生が見られ、これまでに130万頭が発病したと言われている。後者の移植による感染例はヒトの医原性クロイツフェルト・ヤコブ病である。


○ヒツジのスクレイピー病
本症のヒツジへの感染はあたかも母子感染であるかのように伝播されるが確定されていない。潜伏期間は2~5年である。最多発年齢は3才半。先ず群の移動から取り残されるようになり。音に対する過剰な反応、興奮、異様なほえ声などの症状がみられる。やがて痴呆症状を呈する。神経症状の一つとして、皮膚の異常痒感からか柵や立木に体をこすりつけて引っ掻き傷を作る。やがて歩様蹌踉、つまずき、転倒が頻発するようになり、起立出来なくなる。100%死亡する。病理学的所見は中枢神経系にのみ認められ、脊髄・延髄脳幹部の灰白質の空胞変性が特徴である。その外観が海綿様であるので海綿状脳症とも呼ばれる。一切の治療法はなく、根絶は難しい。


○ネコのプリオン病
英国で77例の報告があり、感染源はスクレイピー病のヒツジ、あるいはBSEのウシの畜産副産物を利用したペットフードと推定されている。脳における病変もヒツジのそれと変わらない。その症状もヒツジのものに酷似して音に対する過剰な反応、攻撃行動の激化、やがて歩様に協調性がなくなり、起立不能から死亡する。治療法はなく、予防的にはヒツジ・スクレイピーやウシ狂牛病発生地域で生産されたペットフードを与えない事である。ネコ相互の感染は不明。

○その他の動物におけるプリオン病
オオシカの慢性消耗性疾患の病態を呈する慢性るいそう病。
ミンクの伝達性ミンク脳症
ネコ属ではトラ、ピューマ、チータで海綿状脳症が知られている。

○イヌのプリオン病
イヌにおける本症の報告はないが他の動物の症状から推察すると音に対する異常な興奮、攻撃行動、痴呆症の進行、転倒、起立不能から、やがて死亡する事が推察される。

○確定診断
中枢神経系(特に延髄で好発)の病理組織標本で神経細胞の空胞変性による海綿状病変が認められること。異常プリオン蛋白染色で異常プリオンが証明されること。
ポリあるいはモノクローナル抗体による異常プリオン蛋白が証明されること。   

Wallac社(英国),Prionic社(スイス),Enfer Technology社(アイルランド)
プリオン病に関する要約を記載しましたが、日本においても、当該疾患発生地域で生産されたペットフードからの本症の発生が懸念される状況です。神経症状を呈するイヌ・ネコでは本症を含めた類症鑑別をする必要があります。

出典  Lancet 352:9134,1116-7,Oct 3.1998

 

イタリアでのヒトと彼の飼いネコに同時発生した海綿状脳症

伝達可能な海綿状脳症(TSE)は遺伝性、後天性、散発性で起こる哺乳類の神経障害である。TSEは細胞質内のプリオン蛋白(PrP)を水に溶けないものに、また蛋白分解酵素に抵抗性のプリオン蛋白の同位体(PrPres)に変えてしまう特徴がある。ヒトのTSEは PrPresについて、その大きさ、glycoform 率、の違いから4つのタイプに分けられてきた。そしてまた異なるプリオンの系統が登場するかも知れない。 PrPresのI型と�型は散発性クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)と関連があり、�型は医原性CJDと、�は異型のCJDと関連がある。異型 のCJDは牛の海綿状脳症(BSE)のプリオン蛋白の系統に起因するという証拠がある。BSEのプリオン蛋白は1990年に英国で初のプリオン病と診断されたネコの海綿状脳症(FSE)の三例から同定されている。著者らはある男性の散発性CJDと彼の飼い猫の新しい型のFSEが同時に見られたので報告する。
 特別変わった食習慣がない60才の男性が1993年11月に、構音障害、小脳性運動失調、視覚失認(訳者注:視覚情報から物体の認識が出来なくなった状態。通常は両側の頭頂後頭葉病変によって生じる。)および筋肉の間代性震顫で入院した。脳波検査では散在性のシータ(θ)-ベータ(β)波活性が認められた。脳のMRI検査では特記すべき所見はなかった。10日後にはこの患者は言葉が言えず、簡単な命令だけに従うことが出来た。脳波の再検査では周期性の三相性複合波を示した。入院2週間後にはこの患者は話すことが全く出来ず、運動不能で、嚥下困難でもあった。この患者は1994年1月初旬に死亡した。
 この患者が飼っていた7才の避妊手術済みメス、短毛種のネコは1993年11月に狂暴、体をぴくぴく動かす、感覚過敏等を現した。ネコはいつも缶詰を食べて、この患者のベッドで寝ていた。何処にも咬傷を受けた事はなかった。その数日後にはこのネコは後躯片側を動かせず、運動失調に陥った。運動失調は次第に増悪し、広範囲の筋肉の間代性痙攣もあった。このネコは1994年1月中旬に安楽死された。男性患者のPrP遺伝子の病的な突然変異は見いだされなかった。男性患者とこのネコではコドン129でメチオニンホモ接合を示していた(訳者注 コドン(codon) : DNAまたはRNA鎖上の一組の三個の連続したヌクレオチドで、蛋白鎖に取り込まれてアミノ酸をコードしたり,終結シグナルとして役立つ遺伝情報を備えている)。男性患者の脳の組織検査では、新皮質と小脳の神経細胞の減数,星状細胞増加、海綿状化が観察された(写真A)。PrPの免疫反応では点状パターンを示し、これらは海綿状変性に一致していた(写真B)。ネコの脳では四葉すべての皮質深部で中等度で巣状の海綿体様変性(写真C)、空胞変性した皮質の神経単位(写真D)と軽度の神経膠症(訳者注:脳または脊髄の損傷部位における星状神経膠細胞の過剰増殖)が見られた。
 小脳皮質と小脳歯状核では星状神経膠細胞が過剰増殖していた。PrPの免疫反応は新皮質、異種皮質、尾状核で点状パターンが見られた(写真E)。男性患者、ネコ、対照の脳ホモジネート試料についてウエスターンブロット法で分析したところ、27-35kDaの三本のPrP帯が見られた。男性患者とネコの試料をプロテイナーゼKによる消化と脱糖化処理後に検査した結果、散発性CJDで観察されるのと同じ糖化率を持つPrPが存在することで、I型PrPである事が判った。
 この研究でヒトとネコのプリオン病の因果関係がはっきりと示された。このネコの臨床症状は以前報告されたものとは異なっていた。以前の報告は運動失調や歩行失調に先立って、行動変化が段階的に発生することが特徴であった。神経病理学的変化は以前の報告では脳幹神経単位の空胞変性と瀰慢性海綿状変化の範疇に入っていた。今回の男性患者とそのネコで、よく似たPrPの沈着がシナプスパターンはBSE関連所見としては典型的なものではない。今回の症例が新しいタイプのFSEであるという証拠が、BSEと関連のあるタイプ�ではなく、タイプ�のPrPresが検出されて明確になった。
 これらTSEが未知の共通の原因によって感染したのか、あるいは二症例の散発性タイプが同時発生したのか、どちらかから水平感染して発症したのかは判らなかった。

この2つの文献はJSAVA journalに掲載されたものです。

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