鳥類における病理解剖法

1 外表検査 参考文献 野生動物救護ハンドブックp97~126
A 外部計測
体重(g) 鳥の重さに合った体重計で測る。
全長(mm) 嘴の先端から最長尾羽の先端までの距離を測定。
鳥の覆面を上にして定規の上に寝かせ、頭部を自然に伸ばした状態で測定。
この時首を無理に引き伸ばさないように注意。
翼長(mm) 翼角から最長初列風切の先端までを直線的に測る。計測前に換羽の有無、風切り先端の磨耗や破損、脱落がないかを確かめる。
最大翼長測定法 翼を定規の上に平圧し、さらに初列風切を側方から力を加え、まっすぐに伸ばした状態で測定する。
翼開長(mm) 両翼を自然に開いた状態での翼端間の最大距離を翼開長という。
鳥を仰臥位に寝かせ、両翼を自然かつ最大に開いた状態で保定して計測する。この時両翼前縁がほぼ一直線かつ竜骨突起と直角になっているか確かめる。
B 一般状態の観察、脱水・栄養状態・換羽期
C 外傷
D 天然孔からの吐出物や漏出物
E 鳩などでは直腸から糞便を採取して、墨汁で染色してCryptococcus neoformansが 検出されたら、人体への安全を確保すべく剖検の場所と方法を選択しなければならない。

2皮下の観察
1 胸骨竜骨突起に沿ってアルコール綿で羽毛を分ける。
2 この突起横2mmほどのところを胸骨後端まで皮膚切開する。 
3 皮膚を鈍性剥離して胸筋を露出する。(出血斑や皮膚の損傷の有無)
4 腹筋を切らないように注意して胸骨後端から、総排泄孔を避けて最後尾椎まで皮膚を切開。
5 上腕部・前腕部の前縁に沿って皮膚切開し、ひふを剥離する。
6 肘付近に異常がなければ肘関節で外す。出血するようならば結紮する。
7 後肢も同じようにして、中足骨の関節で外す。
8 胸骨前縁から正中上をオトガイまで、ソノウを切らないように、気管に沿って切開する。
9 頭部は後頭部から前方に剥皮して嘴の直前で皮膚を切断。
10 この皮膚断端から頚・背・腰の順に剥皮し、尾腺を体側に残して最後尾椎を中央尾羽間から抜くと前・後肢体の遠位部以外の全身が皮膚と剥離する。
この時点で観察すべき事項
A 外傷・圧迫痕・癒着の有無。
B 頚気嚢・鎖骨間気嚢の観察(相互位置関係にも留意)。
C 頸部器官(甲状腺・上皮小体・胸腺)の色・大きさの確認。

3 胸・腹腔の観察
1 胸骨・鎖骨・上腕骨に付着する腱を切断し、浅胸筋・深胸筋を除去。
2 外腹斜筋を切断し、肋骨を露出。
全身骨格を標本として残す場合(希少野生鳥類)
3 肋骨脊椎部と胸骨部の関節にメスを入れ、さらに胸骨・烏口骨関節を外す。次に胸骨を除去(胸骨と烏口骨の関節部が癒合する大型鳥類では上腕骨、鎖骨との関節で外す)。
全身骨格標本を必要としない場合
3 胸骨中央部に骨鋏で少しずつ窓を開け、気嚢や心膜への損傷を最小限に抑えながら、胸腔を 観察し、胸骨を取り除く。
4 腹直筋を正中切開し、さらに横切開を加えると胸・腹腔臓器が一望できる。
この時点で観察すべきこと。
A  各臓器の位置関係
B  気嚢(前胸、後胸、腹)の観察。 
C 肝臓を内部に入れている膜質のポケットである肝臓腔に滲出物や癒着がないか必ず確認。
D 胸腹水があれば採取→検査に回す。塗抹標本作製し、ヘマカラー染色。
E アスペルギルス感染症が疑われる病変があるときは直ちに剖検を中止して、胞子(分生子)の拡散を防止し、人体への安全の確保を優先する。

4 心臓・肝臓の観察と摘出
1 外観の観察 心や肝は間膜などの膜質組織が数多く派出しており、炎症があるとこれに付着しやすく、良い着眼点となる。 心・肝の外観検査。
2 心臓に入る後大静脈以外の太い血管と肝臓臓側面の血管(後大静脈を含む)を結紮後切断。
  さらに保定している膜質を切って両臓器を摘出する。
この時点ですべきこと。
A 心・肝の下に隠れていた上部消化管や呼吸器系を観察する。
B 必要であれば組織スタンプや心臓内採血を実施する。細菌学的検査も考慮する。

5 消化管・膵臓・脾臓の観察と摘出
1 咽頭からソノウまでを露出し、腸管上に多量の脂肪があるときは注意深く取り除き、消化管全体が観察できるようにし、臓器を自然な位置に保った状態で所見を記録する。
このときの着眼点
漿膜面からの異物の穿孔、重積や捻転、組織壊死などによる部分変色や支配血管の怒張の有無を観察。
2 食道、直腸を結紮し、空回腸と結直腸の腸間膜をできるだけ起始部で切断して、脾臓と消化管全体を同時に摘出する。
このときの着眼点
A 一般の病理所見の記載
Bソノウ検査 
ワシタカ目→粘膜面を洗浄した生理的食塩水を鏡検して、トリコモナスや真菌などの感染を診断
ガンカモ目→鉛散弾や釣り重りやプラスチックペレットなどの異物の摂取があれば、これらの量と種類を記録する。
C ソノウ・腺胃・筋胃・腸管の内容物は必ず消化状態と合わせて記録する。
D 脾臓と膵臓は摘出後検査した方が細かな観察が可能である。特に脾臓は多くの原虫性疾患やウイルス性疾患および中毒などで肥大する。

6 呼吸器系の観察
1 真菌感染症は重篤な症状を示すことが多く、人畜共通の伝染病も多いので、検出のためにスタンプ標本の鏡検を頻繁に行うこと。
2 喉頭直下の栓塞(張り付いたヒルによる窒息死)と鳴管部での栓塞は見落としやすい。
3 感電個体では喉頭部に重責をおこし、窒息することが知られている。
4 溺死(プランクトンの検出)と肺水腫の鑑別。
5 胸腹水の鑑別診断→漏出液か、滲出液か。細胞診も必要があれば実施。
呼吸器系の観察は浅部器官から順に行い、最後に肺を肋間から摘出し背側面を観察する。

7 生殖系の観察
1 年齢や季節による変動が大きい、卵詰りと卵管炎が多い。卵管炎は肝疾患と並んで腹水の二大原因になっている。
2 生殖腺に損傷を与えない様に総排泄腔から摘出する。

8 副腎の観察
副腎はしばしば精巣に似た外観を呈するが、やや不整形であることや導管のないことで識別できる。

9 泌尿器系の観察
1 腎臓に病変があれば、それが原発性のものか、二次性のものかの鑑別が大切である。
2 腫瘍などの原発性の疾病は不規則型の病変が特徴的である。
3 腫脹や変色などの所見は二次性変化(全身性疾患の一症状)であることが多く、野生鳥類では鉛や塩類の中毒性である場合が多い。
4 急性変化としては、腎は丸く腫大した感があり、褪色の傾向がある。また、尿酸で満たされた管状構造が明らかな場合がある。
5 慢性変化としては腎の硬化と結節状のくぼみが認められることが多い。暗色無構造状に見えることもある。
6 尿管ごと腎を摘出して病理組織学検査を実施する。
7 腎臓の形態は種類によって著しい変異がある。

10 骨格系の観察
1 前肢帯筋、後肢帯筋を含め全身の筋肉を観察。神経路に沿って筋分離を進める。
2 被弾が認められる時は射入口と射出口の形状、大きさ、位置などを記録。
3 切創や割創などが認められる時は刺器損傷、鈍器損傷に分類し、原因究明(罠の特定)に役立つデーターを収集。
4 生存時に慢性的な跛行や飛翔不能が見られたら必ず左右の肢帯筋を比較しながら作業を進める。

11神経系の観察
1 中枢神経系、末梢神経系ともに観察する。中枢性の神経症状が剖検で明らかになることは少ないが腫瘍や出血斑として脳軟化が見つかることがある。
2 脳の観察は頭部の他の器官と併せて実施する。
3 末梢神経は神経叢と大神経を中心に観察を行う。腕神経叢→腋下神経→正中神経、腰仙骨神経叢→坐骨神経→大腿神経の状態は必ず記録する。

12 頭部の観察
1 呼吸器系、眼球、脳について行う。
2 頭部呼吸器系の検査は上顎と眼と鼻孔の中間で切断し、鼻腔・鼻涙管・眼下洞などを観察。チーズ様塊や滲出物を認めた場合は細菌感染の可能性が高い。
3 眼球は結膜の状態を観察した後、摘出して内部も観察。
4 脳も摘出する前に頭骸骨の状態を見ること。また、骨を透かして脳膜出血の有無を確認すると頭蓋骨の切開部を決定しやすい。
5 骨鋏を用いて頭蓋骨上部を取り除き、脳硬膜を観察、脳硬膜を十字切開し、脳神経を切断しながら脳を摘出する。

13 骨格系の観察
1 骨や関節の変形、骨折、多孔症、骨軟化の有無に留意する。
2 大腿骨内の骨髄(必要があれば細胞診)の状態の観察。
3 上腕骨内の気嚢の状態も観察。


すべての観察記録は写真や図などを用いて視覚的に記録することが望ましい。

正常な器官と異常な器官が同時の存在するときは必ず双方の記録を取る。

小人数で剖検を行うときは小型テープレコーダーで所見を記録し、後でまとめると効率がよい。

臓器の保存 臓器の10倍量以上の10%リン酸緩衝ホルマリンに浸漬する。

獣医臨床的標本の保存 血液塗抹、骨髄塗抹、その他のスタンプ標本はID番号と採取日付を書いてプレパラートの状態で保存する。

剖検前に死体を保存しなければならないときは、出来る限り凍結せずに冷蔵し、しかも早期に処理すべきである。

野外などでどうしても冷蔵保存できないときは、体腔内、気管内、頭蓋腔、さらに頸静脈から固定液を注入することにより、組織検査に耐え得る状態で保存可能である。このときはソノウ洗浄液や直腸便は固定液注入前に採材し、塗抹標本を作製する。

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