飼い鳥の臨床(1)

はじめに
 病院の待合室から見えるキンモクセイの植え込みの中にいまメジロのペアーがやって来てしきりにさえずっている。餌台の器に入れた蜂密を先程からたっぷりなめて満足したのだろう。もう数分も鳴き続けている。こんな都会のほんの少しの緑にも小鳥たちは餌を求めて立ち寄ってくる。 
  メジロの眼の回りの白い色がはっきりと見て取れる。これは健康な印だ(写真1)。そんなことを考えながらゆったりとした気分でいると、急にけたたましいヒヨドリの鳴き声。体力にまかせていつも餌箱をひっくり返す悪党だ。でも、頬の赤っぽい色がおしゃれだ。スズメたちは前の道路を車や自転車が通る度に電線に飛び上がっている(写真2)。満腹の時も彼等はしきりに当たりを見渡して警戒をゆるめない。こうしていないとなかなか自然界では生き延びてはいけないのだろう。飼い鳥たちは安定した環境と餌が保証されている。それでもすぐ病気になる。いまここを訪れている野鳥たちが1年後果たして何羽生き残っているのだろうかとふと思った。これから1年にわたって飼い鳥の臨床を分かり易く解説して行きたい。連載が終わるころまでこの小鳥たちとも元気に毎日再会したいものだ。



写真1   庭に現れたメジロ達

写真2   餌に集まるスズメ達

1.獣医師が知っておきたい基礎知識

1)小鳥を我が家に迎える際の注意点
小鳥屋さんで売っている鳥を育てられ方の違いから分けてみると、

1 野鳥(ほとんどの場合違法である)。
日本で違法に捕らえられたもの(メジロ・ホホジロ・ウグイス等)や、外国から輸入されたもの(メジロ・ソウシチョウ・ベニスズメ・オオホンセイインコ等)がある。後者で合法的に輸入されたものには輸入証明書を付けて販売されている。ワシントン条約で規制されている鳥については繁殖証明書が必要である。捕獲された鳥については輸出国政府発行の輸出許可証が絶対に添付されていなければならない。 
鳥は各々の種類で全く食性が異なる。そのため来院した鳥の正確な品種の同定は極めて大切である。著者はオウム・インコ類については“世界のオウムとインコの図鑑”(文献1)他の鳥類については“ 鳥類原色大図説”(文献2)を用いている。例えば、オウム・インコ類の食性はその舌の構造から2種類に分けられる。ボウシインコの様にこん棒状の舌をもつものは主に穀類を食べ、ヒインコの仲間の様にブラシ状の舌先をもつものは主に柔らかい果実にこの舌を押し付けてその果汁を飲む。この舌では穀類は食べられない。

2 飼い鳥として何世代も人の保護の下に飼われてきた鳥の仲間。
 a 親鳥が育て上げ、その後もあまり人と接触する機会が少なかったために人を恐れる鳥の仲間繁殖を楽しむには最適の素材である。輸入された鳥と国内で繁殖された鳥に区別される。前者は段ボールや狭い箱に詰め込まれて 空輸されたり、船便として輸送される。その際の劣悪な環境のために輸送病に陥り、肺炎を起こしている個体がある。後者の国内産の鳥は地子(じご)と呼ばれ、丈夫で飼い易い。特に中型インコ(ダルマインコ等)に優良な個体が多い。この国内産化、否かの事項を禀告聴取の一項目に加えておくと良い。 
 b 人によく慣れている飼い鳥
ヒナが次第に成長してやがて眼の機能が完成すると眼裂が開く。この直前に親から引き離して人が育てると刷り込み(inprinting)によって初めて見る動くものを親だと認識して、全く怖がらなくなる。こうして育て上げられたのがいわゆる“手乗りの小鳥”である。セキセイインコ、ブンチョウ、コザクラインコ、オカメインコ、ルリコシボタンインコ、キエリクロボタンインコなどが市販されている。

◎手乗りにするためにヒナを親鳥から引き離す要領
 セキセイインコは一日おきに通常は5~6個産卵する。抱卵は主に雌鳥がおおよそ第3卵目から始める。したがって最初はほぼ同時に3個の卵が孵化する。第4卵は2日遅れて、第5卵は4日遅れて孵化する。最初の3つのヒナの誕生はシー・シーとわずかな鳴き声を聞き取ることで知るようにする。決して巣箱は覗かない。この日をカレンダー上に印を付けておく。孵化後12日目の夕刻にすべてのヒナをとりだしフゴに収容する(写真3)。



写真3   ヒナを育てるのに最適の孵篭(フゴ)

 この時のヒナの三羽は大きさが揃っていることが多いが、残りのヒナはかなり小さい。 セキセイインコなどのインコ類は親が半消化のえさをクチバシまで吐き戻して、これをヒナが自ら食べる習性がある。だから孵化直後のヒナから人は育てられる。フゴに収容したなら30℃に保温する。使い捨てカイロや40W程度のひよこ電球が使い良い。加温したなら必ず温度計で確認することが大切である。その夜は何も与えないで良い。ソノウの中は親が与えた餌で充満しているはずである。この充満状態が餌付けの際の目標量である。人が育てると親鳥が育てあげたヒナの80~90%の体重しかないことが多い。これは人の場合親鳥ほど頻繁に給餌できないためで、餌の絶対量の不足が原因である。 

翌朝早く次の餌を準備する。
1 ムキアワを湯で10分間位煮てふやかし、この湯は捨てる。
2 コマツナ、チンゲイサイ、大根又はカブの葉のいずれかを良くスリ鉢でドロドロになるまですり潰す。 
3 1と2を同量取り、よく掻き混ぜる。40℃位に湯煎又は電子レンジで加温する。 
4 スプーンにすくいとり、これにカキの貝殻を細かく砕いたもの(牡蠣粉=ボレイ粉)をほんの少し振りかけて口元までもって行き、クチバシに温度のある餌を当てるとヒナは気が付いて餌を食べ始める。ボレイ粉はミネラルの補給とともに筋胃における機械的消化を助けるグリッドの働きがある。親の体温は42℃で、その吐き戻した温度がヒナの食欲を刺激する。ヒナは餌の匂いや色に反応するのでない。このことは極めて大切なことである。初めて手乗りのヒナを飼い始めた飼い主はヒナに餌を暖めて与えているのに少ししか食べないからと来院することが多い。ヒナが小さければ小さいほど、またいろいろの病気で元気ないほど食欲を示す温度の許容範囲が狭い。例えば極端な例では40±1℃の餌にしか反応を示さないこともある。したがって、作った餌をヒートプレートの上に乗せて常に適温に加温しておくか、給餌中に食欲を示さなくなった時点で再々餌を加温して常に適温の餌を与えるようにすると十分に給餌することが出来る。給餌の最後に残った緑色の野菜汁をスプーンですくってクチバシの所にもって行くと自分から飲む。無理にクチバシの中に流し込むことは誤嚥の危険があるので禁物である。

ヒナはソノウ内に餌が常に充満しているように2時間くらいの間隔で給餌を続ける。ヒナが成長するにつれて次第に低い温度の餌にも食欲を示すようになる。人が親鳥代わりにヒナを育てた場合には給餌量が充分出ないため、体格が小さいことが多い。このことを防ぐためにヒマワリかピーナッツをすり潰して、上記の餌に10%程度混ぜて与えるとより多くのカロリーを補給出来る。またいわゆるアワタマを同じ目的で与える。なお餌は毎回新しく作り替える事が大切である。成長するに連れて給餌間隔を3時間程度まで延ばせるが、出来るだけ頻回に餌を与えるように努める。

親が育てたヒナの場合は35日~40日で巣立ちする。その後一週間程度ですっかり独立して餌を採れるようになる。人が親代わりに育てた場合には、通常2 月程度たってもなお餌をねだり続ける。早く独立させるには与え終わった餌を陶器等の重い器に入れ、次の給餌までフゴ内に入れて温度の低下した餌を自分で食べさせる機会を与えてやる。次回の給餌時に新しいものと取り替える。また親と同じ配合飼料を器に入れて与えると良い。

 

ブンチョウの場合
  
ブンチョウは通常毎日一個、通常5~6個産卵する。セキセイインコと同じ要領で12目の夕刻にすべてのヒナを親から取り出す。えさは竹ベラか、市販の“育ての親 ”と呼ばれるプラスチック性のマイクロシリンジ様の器具でクチバシの奥に押し込む(写真4)。保温は30℃を維持する。


写真4  手乗りのヒナを育てるための色々の器具


アワタマの作り方
  
粟を脱穀したいわゆるムキアワ200グラムを陶器の器に取り、これに鶏卵の卵黄を一個入れて割り箸等でよく掻き混ぜ続ける。酸化を防ぐ目的でビタミンE製剤のユベラ・シロップを数滴添加する。また総合ビタミン製剤のトリミックスも数滴加えるのも良い。やがて卵黄の水分が粟に吸収されて硬くなる。これを広げた新聞紙の上に薄く広げて、半日ほど日陰で乾燥させる。充分に乾燥させるために時々塊をほぐしてやると良い。ブリキのお茶用の缶に入れて冷蔵保存すれば6ヵ月ほど使える。

45日令にもなると日ごとに飛行出来るようになる。この頃には遅れて孵化したヒナたちも成長が追いついてほぼ同じ大きさになり、区別がつかないくらいの立派な若鳥になる。だからと言っていきなり金網カゴに入れるのは温度管理の点から危険である。当初は30分位止まり木に止まらせる。そして次第に金網カゴに収容する時間を長くして行く。7月~8月を除いて夜間だけでもフゴに戻して保温と温度管理が必要である。鳥がしきりに活動している間は寒くないが、家人が外出してしまう時はたとえ昼でもフゴに戻しておく方が安全である。

2)手乗りのヒナの跛行または歩行不能について

比較的診療件数の多い疾患の一つである。これはヒナの飼養失宜に起因する人為的な病気である。

ヒナの飼い方の無知によって陥る失敗(跛行と呼吸困難)の原因には二つある。一つ目は餌の組成の不都合である。二つ目は温度管理の失敗である。本疾患は前者に起因している。

 

1 温度管理の失敗。

親鳥は通常5~6羽のヒナを一度に育て上げる。孵化当初はつきっきりで自らの体温でヒナを保温し、成長につれて給餌量の増大と共にヒナから離れる時間が多くなる。ヒナの糞は巣の中に蓄積してこれが発酵して巣内の温度を上げる。こうしてヒナたちは順調に発育する。小鳥屋の店頭では狭い升箱(マスバコ)に詰め込まれて売られている。これも体温の維持には良い環境である。新しい飼い主はたいてい一羽だけ買い求める。するとヒナは7~8月の盛夏を除いて寒い環境に曝されることとなる。詳細は呼吸困難の症例のところで記述したい。

2 餌の組成の不都合

親鳥に与える餌は通常、配合飼料・青菜(詳細後述)・ボレイ粉および新鮮な水である。親鳥はこれらを食べて巣に運び、ヒナを育て、それを繰り返して何十世代にわたって生命を保ってきた。したがってヒナに与える餌の組成はこれで充分と思われる。ただヒナが受け入れやすい形に変えてから与える工夫が必要である。すなわち殻付きの配合飼料は脱穀したものを、青菜はすり鉢ですりつぶしたものを、等量に混合して体温近くまで加温しながら与えると良く食べる。このさいボレイ粉を5%程度振りかけて与える(表1)。また充分に給餌できたら最後にのこった青菜の温かい汁をクチバシに付けてやるとじぶんで飲む。こうしておけば、万が一に穀類が充分に柔らかくなっていなくても自力でソノウ内でふやかす事が出来る。給餌間隔は当初は2時間間隔で、ヒナは常に30℃に保温しておく。

しかし、ムキアワだけで育てられてきたヒナはカロリーは充分なので太っている。しかしこの体を支えるだけの丈夫な骨格が伴っていない為にやがて跛行を始める。孵化後30日位から発症する個体が多い。最初はどちらか片方の脚の負重を嫌って挙上する(写真5)。この頃には飛行練習としてしきりに羽ばたきを繰り返していたのが、これもしなくなる。やがて両脚とも疼痛のため負重を嫌ってクチバシで体を支えるようになり、翼を使って前進するようになる(写真6、7)。また反射的な運動能力が極端に低下して、仰向けに台上に寝かせるともがいてばかりで起き上がれないこともある。治療としては、前述してきたように餌の組成を本来のものに戻せば自然に治癒に向かう。筆者はBPDs 10gにビタメジン を半カプセルを添加してこれをボレイ粉の代わりに与えるように指示している。この処方だと一週間位はほとんど症状に変化がないが、次の2~3日で目立って回復して脚を使い始める。この後はボレイ粉を切らさずに少量ずつ補給して行けば良い。この治癒までの10日の間は骨折を起こす可能性が高いので負重を嫌っている脚の方向の軸が体の正中線と平行している間はその恐れはないが、方向がずれた時(図1)は骨折の発生の可能性があるので来院する様に指示している。


写真5   左脚を挙上するシロボタンインコ (キエリコロボタンインコの変異種)

写真6  飼養失宜の為にほとんど動けないセキセイインコのヒナ

写真7   翼も使って何とか前進しょうとするヒナ 

図1   正常時の脚の位置

患肢は負重を避けている。しかし、指先の方向は変わらない。
指先が矢印の方向に捻転するときは骨折が懸念される。

野鳥においても飼養失宜によって全く同じ症状が発生する(写真8)。特にムクドリとヒヨドリはヒナの時は極めてよく似ている。しかしその食性は全く異なる。ムクドリは80%はミルワーム などの動物質の餌を要求する。ヒヨドリは動物質の餌は20%で良い。残りの部分は九官鳥の固形飼料が最も適している。ヒナの区別は開口したときの口粘膜の色が黄色なのがムクドリで、赤いのがヒヨドリである。この色で孵化直後から同定できる。


写真8  飼養失宜の為にほとんど動けないヒヨドリのヒナ

 

青菜の話(文献3) 
 鳥にとって葉緑素は栄養的な意味はない。青菜に含まれるカルシュウム、リン、ビタミン類、繊維質、鉄、その他の微量な金属成分が健康保持のため必要です。 
  市販されている青菜の代用品としての緑色の顆粒製品は与えても意味があるとは到底思えない。。葉緑素は水溶性でなく、もし水中に投じて緑色の色素が溶出するようなら、その色はおそらく食用の人工色素であろう。こうした色素を使った小鳥用の餌が平気で売られていることは実に不愉快なことである。小鳥はこの色素を肝臓で処理しなければならない。自然食品に取って代われるほどの組成を有する代用品なら野菜を手に入れる以上に高価なものにつくだろう。   
  青菜の持つ条件としてはカルシュウム(Ca)とリン(P)の比が1以上でカルシュウム(Ca)を多く含む野菜を選択する。もう一つの要点としては蓚酸とCaの比が2を越えるとCaの吸収に悪い影響があると言われている。また、蓚酸はCaと結合して不溶性の蓚酸Caとなり、蓚酸の過剰摂取は結石の原因になる。青菜のCa,pの値を表2に示す。特にキャベツは甲状腺腫誘起物質(Goitrogen)を含有するので不適と言われている。また参考として果物のCa,Pの含有量を表3に示す。 

表2 青菜のCa,Pの含有量4)

  Ca(mg) P(mg) Ca/P 蓚酸(mg) 蓚酸/Ca
青菜として良い野菜
カブ(葉) 230 39 5.90 67 0.29
コマツナ 290 55 5.27 51 0.18
ダイコン(葉) 210 42 5.00    
チンゲンサイ 130 33 3.94 95 0.73
青菜として不適当な野菜
レタス 21 24 0.88    
キャベツ 43 27 1.59 475 11.05
ホレンソウ 55 60 0.92 773 14.05
表3 果物のCa,Pの含有量4)
  Ca(mg) P(mg) Ca/P
スイカ 6 9 0.66
イチゴ 17 28 0.61
リンゴ 3 8 0.38
バナナ 4 22 0.18
モモ 4 14 0.29
メロン 3 36 0.08

 以上のように果物はCa/Pが低いものが多い。多給は避けるほうが無難である。 リン(P)は腎臓から排泄されるがそのとき同じ量のCaを伴って排出される。したがって、リンの多いバナナの様なものを長期間与え続けると骨からCaが融出していわゆる代謝性骨疾患(osteomalasia)になる可能性がある。

1) 黒田 長禮(1970):世界のオウムとインコの図鑑、第1版、講談社。 
2) 黒田 長禮(1975):新版鳥類原色大図説、 第1版、 講談社。
3) 山内 昭 (1998):J.of Modern Vet.Med.Vol.7,No39,6~13.

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