飼い鳥の臨床(2)

鳥の呼吸器病
 飼い鳥ばかりでなく野鳥においても頻繁に呼吸器病が上診される。呼吸器病を診察する際に最も留意するべき点は触診できるかということである。不用意に捕まえて手の中で死なせるようなことがあってはならない。そのためにも呼吸困難の症状の把握は極めて大切な要件である。

鳥の呼吸生理
 大きく開口すると口内には舌の基部に気管が開口しているのが容易に確認できる。上顎の硬口蓋で鼻腔と連絡しており、これが正中線上に後鼻孔として見える。肋間筋の収縮で胸郭を拡張させ、胸骨が前下方に引き下げられると陰圧となった体腔へ外鼻孔から吸入された新鮮な空気が後鼻孔を経て気管に流入する(図1)。

肺は一方通行路に細分化されて空気は酸素を血液に与えながら後気嚢と腹気嚢に流入する。吸気直前に肺内にあった空気は前方の頚気嚢・前胸気嚢・鎖骨間気嚢へ押し出される。呼気時には後気嚢・腹気嚢内の空気は再び肺内の同じ一方通行路を流れて酸素を供給して頚気嚢・前胸気嚢・鎖骨間気嚢の空気とともに呼気として排泄される。(図2)(文献1) 各気嚢は更に骨内にも侵入して重い骨の軽量化に貢献して含気骨を形成する。鳥はこうして気嚢を持つことによって換気量の増大を図り、飛行時の酸素要求を満たすと共に重量の軽減化を図っている。肺は呼気・吸気時にはその容積に変化がないのが特徴である。気嚢容積は肺容積の10倍に達し、大型雄ニワトリでは500mlを越える個体もある。しかし、気嚢におけるガス交換は無視できる程度にしか起こらないといわれている。 両筋群は安静時の呼吸状態でも能動的に働く。

図2 吸息相Aと呼息相Bにおける肺内の気流を示す模式図(文献1)。

主なガス交換は旧肺傍気管枝で行われる。この部位では吸息相でも呼息相でも常に一方通行の空気の流れが形成され、これに逆走するように流れる静脈血に効率よく酸素を与え、二酸化炭素を受け取る。これを交差流交換機構と言う。すなわち移動する空気の酸素分圧と静脈血の酸素分圧の差が常に一定となるため極めて効率よく酸素を血液内に取り込める(図3)。


図3 傍気管支内における気流と血液の灌流方向を示す模式図(文献1)。

このガス交換方式を有するために人ではそこに留まるだけでも酸素吸入が必要となるような酸素分圧の低い高高度を自由に飛行できる能力を発揮できる一つの要因であろう。たとえばアネハヅルは集団でヒマラヤ山塊を越えて渡りをすることが知られている。
鳥が暑熱に曝されて上昇した体温は専ら呼吸による蒸散作用で冷やされる。ダチョウ・アヒル・ハトでは上部気道内の死腔の換気量を増やしてその目的を達するが、傍気管枝における換気量はほとんど変化しないと言われている。したがってこれらの鳥では呼吸状態が過換気になっても動脈ガス分圧やpHには変動が無いことが知られている。しかし、ニワトリでは傍気管枝内の換気量が増え、過換気状態では二酸化炭素分圧が極度に低下してアルカロ-ジスに陥るが、この状態によく抵抗できることも知られている(文献1)。

呼吸困難の症状
気嚢の働きが気管炎・肺炎などの気道の炎症の為に阻害されても、また気嚢自体の炎症及び気嚢の周囲のさまざまな要因例えば腹水・腫瘍・臓器の肥大などによって気嚢の拡張が阻害されても、直ちに呼吸困難が発現することとなる。健康な鳥は激しい飛行の後も通常は呼吸の乱れはなく、充分な酸素摂取能力を示している。
気道内に炎症が存在する個体では外鼻孔に近接する額の羽毛が時々するクシャミのため茶色に着色していることが頻繁に観察される(写真1)。この着色が見られたときは呼吸状態を時間をかけて観察する。安静時に全く呼吸困難を示さなければ、次にケージの中に手を少し入れると、鳥は逃げようとして動く。このような軽い運動負荷をすることによって呼吸困難が発現したり、呼吸速迫がなかなか治まらないなど、潜在している呼吸障害が発見出来る。そこで安静にしている鳥が次のような症状を示す時はかなり激しい脳の酸素不足状態にあると推察される。
1 開嘴呼吸 吸気時に下顎を引くようにクチバシを開ける。
2 尾翼呼吸 吸気時に尾翼を押し下げるようにする。
3 総排泄孔呼吸 吸気時に総排泄孔が動く。
4 肩呼吸 呼吸に一致して肩が上下に激しく揺れる。
以上が努力性呼吸で、あらゆる筋肉を総動員して換気量を増やそうとしている。
5 ブンチョウのクチバシは血液が透けて見えるため健康な鳥は鮮紅色をしているが、酸素不足の時はチアノーゼが認められる。


写真1 軽度の上部気道炎を有するセキセイインコ。
外鼻孔の直上の羽毛が汚染されている。持続する流涙の為に眼周囲の羽毛が濡れている。

呼吸困難の症状を持つ鳥の取り扱い方
安静状態で上記の呼吸困難の症状のいずれか、あるいは重複して示す鳥はもはや全く酸素摂取能力に余裕がない状態である。捕まえようと手をケージの中に入れた時に暴れただけで心停止を招きかねない。鳥の心拍数はセキセイインコで一分間に300回を越える。したがって心筋は酸素の不足に対して停止し、突然死を起こしやすいと言える。
1 いきなり捕まえたりしないで呼吸困難の様子や程度をよく観察する。
2 60%以上の酸素を30分以上吸入させる。ケージをビニール袋などに収容して、酸素を注入する。いわゆる酸素化を充分に行い、吸気時にクチバシを開けていたのがクチバシを開けなくなった、あるいはチアノーゼが消失したなど何らかの症状の改善が見られたら短時間の触診も可能となる。
3 充分酸素化をしても症状の改善が認められない時はエアロゾールの吸入法など鳥を束縛しない方策を考慮する。
4 オーム病・マイコプラズマ症などのズーノーシスの可能性もあるので取り扱うヒトはマスクを着けるなど感染防止に努める。

呼吸器病は大別して
誤嚥によってもたらされる誤嚥性肺炎(壊疽性肺炎)と呼吸器そのものの感染症に由来する場合とがある。
1、誤嚥性肺炎(壊疽性肺炎)
イ、トリコモナス感染症に由来する誤嚥性肺炎トリコモナスは通常、口内から食道にかけて寄生する。鳥の口腔内はやや乾燥しているのが普通であるが、感染初期は口内が不潔な粘液が多くなり湿潤している。やがてこの部位の粘膜が乾酪変性に陥り、黄色の硬い結節が形成される。この結節が餌の食道内の通過を阻害して、誤嚥性肺炎を誘発する。いわゆる壊疽性肺炎で種々の治療に反応せず極めて予後は不良である。口内の観察は手乗りのヒナではクチバシの基部を横から圧迫して、親鳥では横から摂子などでクチバシを開ける。口内が乾燥気味でない症例は必ず検査する方が良い。
検査方法 綿棒を少し水で濡らし、口内ないし食道内を軽く擦過する。
a 塗抹染色法 この綿棒をスライドグラス上で転がす様にして塗抹し、ヘマカラー染色する。先ず100倍で虫体を探し、400倍の倍率で鏡検して特有の鞭毛を持つ虫体を同定する。しかしこの方法では濃厚感染を除いて検出率は低い。
b 直接塗抹法 塗抹した生の標本にカバーグラスをかけて顕微鏡検査する。100倍で動きの解る原虫は病原性があると言われており、100倍の倍率で鏡検し、盛んに鞭毛運動をする虫体を検出する(写真2)。



写真2 盛んに鞭毛運動するトリコモナス原虫。
100倍でその構造が確認できる原虫は病原性があると言われている。

c 濯ぎだし(すすぎだし)標本(写真3) 筆者が考案した方法で、口内を擦過した綿棒をスライドグラスに置き、これに数滴の水を噴水壜から加える。この水で綿棒を良くすすぐようにして洗い出し、最後にグラスに強く圧迫して絞る。スライドグラスをかけずに100倍で鏡検する。少数寄生でも良く検出できる。


写真3 濯ぎだし標本の作成。

上段   口内を濡れた綿棒で軽く擦過する(ジュズカケバト)。
下段左  2~3滴の水を滴下し、充分に濯ぐ。
下段右  綿棒を回転しながら強くスライドグラス上に
押し付けて綿棒内の 水を絞り出す。これをカバーグラスをかけずに直接鏡検する。


治療法 メトロニダゾールを7日間連続経口投与する。 メトロニダゾールは水に溶けないので1/4錠を、食酢2mlで溶解し局方シロップで5mlとする。これを飲水10mlに5滴入れて良く撹拌し、自由飲水させる。鳥は酸っぱいものも気にせず飲水する。誤嚥性肺炎には後述の一般的な呼吸器病薬で対応する。
ロ 強制経口投与による誤嚥性肺炎(写真4)
著者の病院では飼い主に種々の薬物や栄養剤の経口投与を決して指示しない。必ず薬物を飲み水に入れて、これを自由飲水としている。またこの薬物の入った水を飲まないからといって強制的に口から飲ませないように更に強く飼い主に注意を促している。セキセイインコは一日に多くても2ml程度しか飲まない。確実な頭部の保定ができ、ソノウ底までカテーテルで送り込むことによって初めて安全な経口投与が可能であるのに、多くの病院で薬物や栄養剤の強制経口投与を飼い主に指示しているのは驚きである。


写真4 赤色の薬物を強制的に口内に滴下されたためにに起こったが誤嚥性の肺炎。
外鼻孔の直上の赤色の薬物による羽毛の汚染が気道内に薬物が 入った
ことを 端 的に示している。更に口角周辺にも赤色薬物が付着している。

オウム病・マイコプラズマ症の混合感染
著者は呼吸器病の症状を示す多くの症例ではオウム病・マイコプラズマ症の混合感染を考慮した治療法を取っている。これらはともに慢性呼吸器病で極めて完治しにくい。しかもヒトに感染の可能性がある。同居鳥間の水平感染や親子間でのいわゆる垂直感染も当然考えられる。潜在感染していて免疫力が落ちたときに発症すると考えた方が臨床体験とよく合致する。すなわち餌が充分与えられなかったとか、保温が充分でなかったために体温が低下したとか、種々の要因によって潜在していた感染が臨床症状を持つまでに再燃される。いずれもこの二種類は類症鑑別が極めて困難である。しかしこの鑑別は臨床的にはあまり意味を持たない。すなわち同一の薬物(テトラサイクリン系およびマクロライド系)によく反応するからである。ただ、カンジダが関与することがある。このカンジダも日和見感染的なことがあるので体力が低下した個体から良く検出される。

カンジダの検出法
1 口内からの粘液の採取。水で濡らした綿棒で口内を軽く擦過して採取する。
2 眼結膜上皮細胞の採取。流涙がある症例ではベノキシール を一滴眼に滴下し、一分後にはすっかり表面麻酔されるので、濡らした綿棒で結膜穹部を軽く擦過して採材する。
3 糞便からの採取。糞便の内、消化管内容物である緑色ないし褐色の部分を直接スライドグラス上に塗抹する。
以上いずれの標本もヘマカラー染色して1000倍で鏡検する。カンジダは濃い藍色に染色され、細菌と比較すればかなり大きくしかも菌体周囲に染色されない周明庭を持つので比較的見つけ易い。多くの場合剥離した角化上皮細胞に付着するように存在する。中には発芽して菌糸を形成しつつある菌体も見つかる。(写真5、6)
カンジダが検出されたならケトコナゾールを併用する。


写真5 種々の発育形態を示すカンジダ。


写真6 盛んに菌糸を延ばすカンジダ。

呼吸器病の治療薬
1 ミノマイシン 顆粒(20mg/包)の2包(40mg)を10mlの水に溶解する。
2 ジョサマイ シロップ(30mg/ml)
3 ケトコナゾール錠(ニゾラール ・200mg/錠)の1/8錠を良くすりつぶし、10mlの局方単シロップに懸濁させるか、もしくは2の液に懸濁させても良い。
以上の抗生物質を飲水10mlに10づつ入れて混和して、2週間以上にわたって自由飲水させる。
4 症状が重い時はデキサメサゾン・エリキシル(0.1mg/ml)を1~2滴更に加える。
5 悪寒を示す時は30℃の保温が必要である。
入院時には
1 60%以上の酸素の吸入
2 30℃のインキュベーターに収容する。
3 抗生物質の筋肉注射
ABPC(注射用アミペニックス 1gを19mlの水に溶解したもの)。
犬猫用バイトリル 2.5%注射液。
プレドニソロン注射液(10mg/ml)。
この三種類を100目盛インスリン用注射筒にセキセイインコでは各々0.02mlづつ取り
オカメインコでは0.04mlづつ取って大胸筋へ筋肉注射を一日二回する。
副鼻腔炎
上部気道炎とも言われる。外鼻孔から後鼻孔さらに喉頭まではそれほど複雑な構造ではないが、この上部の気道につらなる眼窩下洞などの副鼻腔の存在が構造を複雑にして治癒しにくい炎症を引き起こす(図4)。

図4 上部気道と副鼻腔の関係(文献2)。

セキセイインコでは軽度のものでは蝋膜に開口する外鼻孔のすぐ上の額の羽毛が度重なるクシャミの為に茶色く汚染される。重度のものはいわゆる“片目かぜ”と称される片側の眼に不快感を訴えてしきりに止まり木にこすり付けたり、眼の周囲の炎症のために閉眼したままになる(写真7、8)。更には腫脹が激しくなり貯留するうみが皮膚を透して見えるようになる。(写真9)。膿の貯留した症例では全身麻酔下で切開排膿する。抗生物質の液で充分に洗浄し、創口は縫合しないで開放創とする。経口もしくは筋肉注射によって呼吸器病の前述の抗生物質を最低一月間は連続投与する。額の羽毛の汚れが目立たなくなれば投薬を打ち切る。


写真7 左眼は何ら異常は認められない(ドバト)。


写真8 写真7と同一のドバトの著しく腫脹した右眼周囲(片目カゼ)。


写真9 貯留して白くなった膿汁が皮膚を透して見える。

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